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コペンハーゲン旅行② Louisiana MuseumのMarina Abramović企画展

前回に引き続いてルイジアナミュージアム。

企画展の中でもとくにMarina Abramovićがすごかった。

ユーゴスラヴィア出身のこのアーティストについて私はまったく知らなかったのだけど、ボディアートとパフォーマンスアートのパイオニアだそう。

自身の身体と精神を徹底的に痛めつけることで、自分とは何か、人間とは何か、について追求し続けたアーティスト。


最初に初期〜中期の作品を見たときは、あまりにグロすぎてきつすぎて素通りしたのだけど、後年の作品が驚くほど静けさとスピリチュアリティに満ちていて、そのギャップに驚き、初めの方も作品もじっくり見ることに。


展示作品の中で、ロバに自分の生い立ちや若い頃の思い出を字幕で語るフィルムがあった。1時間の長さで、音声はなく、子ども時代からの出来事をとりとめもなく延々とロバに向かって心の声で語り続けるのだけど、その体験が痛々しいを通り越して壮絶なものばかり。

子どもの頃、自分の大きな鼻が嫌いで、事故を装ってわざとぶつけて壊してブリジット・バルドーみたいに整形してもらおうと目論んだが間違って頰を大きく切り、それを見つけた母親に反対側の頰を張り倒された話。

洗濯機で遊んでいて腕を締め付けられ、助けようとした若者が感電して意識不明になり、それを見た母親は腕を青黒く腫れ上がらせて苦しんでいる彼女の頰を散々張り倒した話。

祖母の末娘(Marinaの叔母)が一生祖母の世話をさせられていたために、兄弟のなかでいちばんの器量好しだったにもかかわらず、ずっと独身を通し、祖母が亡くなって生まれて初めての旅行に行っている間に父親が彼女が祖母と一生を暮らした家を勝手に売り払い、代わりに小さなフラットを買って彼女にあてがい、旅行から戻った彼女は何も言わずにそのフラットに入り、翌日自殺死体で発見された話・・・。


ロバは禅僧のようにこうべを垂れて、立ち去りもせずに神妙な面持ちで聴き続けている。

ときどき尻尾を振ったり足を上げたり首を振ったりするが、それが、Marinaの心の声に反応しているかのような絶妙なタイミング。

この生い立ちを知れば、痛みや暴力や自傷行為が他人や自分自身との関係性を感じたり表現したりする方法になっていった理由もわかるような気がした。


他にも想像を絶するパフォーマンスを行ってきたMarina。

プライベートでもアーティストとしてもパートナーとして長年ともに活動してきたドイツ人アーティストUlayとの最後のパフォーマンスは、1988年の「The Great Wall Walk」。

なんと万里の長城をMarinaは東端の黄河から、Ulayは西端のゴビ砂漠から歩き、真ん中で二人が出会うまで歩き続けるというもの。

期間にして3ヶ月、二人が歩いた距離はなんと2500km。

そして真ん中で二人が再会した瞬間、二人は関係を解消し、永遠に別れると決めていたのだった。

二人はそのために長期間トレーニングと修行を積んだという。

このパフォーマンスもフィルムに残されているが、圧倒的な大自然の道なき道を休みなく歩き続け、最後に再会して抱き合う二人を見て、言いようのない感動に襲われた。

今までの二人の関係は、常人には計り知れない緊張と情熱と暴力の連続だったんだろう。


そして、後年の作品は驚くほど美しくピースフルに。

万里の長城を歩いていたときにメタルのパワーを通じて地球・自然との一体感を感じたというMarinaは、クリスタルを使った作品を多く残している。


下の写真は、クリスタルの椅子とクリスタルのスリッパ。観客は実際に椅子にすわり、スリッパを素足に履くことで、クリスタルのエネルギーを感じられる。


3つのクリスタルに目、胸、性器をあて、エネルギーを感じる。

クリスタルの色・形・輝き、冷たく硬い触感を、同時に感じられる。

「エネルギーがビビビッっと伝わってきたよ!」と感動している女の子もいた。

このように、観客とのリレーションシップをテーマにした作品も、Marinaは多く残している。


海を臨む美しい彫刻庭園が有名で家族連れも多いルイジアナミュージアムで、こんな斬新な企画展をやっているとはまったく期待していなかったので、結構な衝撃を受けた・・・。