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シュタイナーを学ぶ準備ができるまで

最終更新: 2018年11月17日

最初にシュタイナーを知ったのは、イギリスに来て10年目の春。

ようやくレジデント申請の目処が立ち、ワークパーミットを取ってくれた会社を辞める前だった。

会社員が性に合わないとわかっていながらビザのために自己最高となる5年もの間会社員生活を続けていたが、ビザを取ったら辞めてアートセラピーの学校に行こうと決めていた。


だが、イギリスでアートセラピストの資格を取得するには厳しい基準を満たさねばならず、アートか心理学の分野での学位に加え、当時は病院や養護学校など臨床の場で1000時間以上の実務経験がないと大学院への入学資格がなかった(現在では変更されているようだ)。

資格を取るために学校に通うのに、資格がなければインターンとしてすらも雇ってもらうこともできず、入学基準を満たせないというジレンマ。

ボランティアなら受け入れてくれる施設もあるかもしれないが、1000時間の基準を満たすには、1日8時間フルタイムで働いたとしても半年以上かかる。

大学院に入学してからの学費や生活費も学生ローンを組まないと無理なのに、その前に半年以上も無償で働いてる余裕はない。

計画に行き詰まって悩んでいたある日、当時知り合ったばかりの日本人の女性が、シュタイナー関係の諸々を学べるという学校について教えてくれた。

「前にオープンデーに行って、とってもよかったよ。行ってみたら?」 

彼女がアートセラピーについて理解した上で勧めてくれたのかどうかはわからないが、藁をもつかむ気持ちだった私はその学校について調べてみた。


その学校には、当時、シュタイナー教育、シュタイナーの幼児教育、アート、農業のコースがあった。

その中でも、私はシュタイナー幼児教育のコースに強く惹かれた。

シュタイナー教育のことなんて、今まで聞いたこともなかったのだけど。

そして、その学校とは別に、近くにシュタイナーのアートセラピーを学べる学校があることも知った。

偶然2校ともオープンデーが間近だったので、さっそく予約して行くことにした。


アートセラピーを学びたかったにもかかわらず、シュタイナー幼児教育と学校の雰囲気が直感的にものすごく気に入った私は、あんなに悩んでいたのが嘘のようにあっけなく計画を変更。

オープンデーのあと、ティーチャートレーニングコースを取ることに即決した。

アートセラピーの学校は、当時は閉鎖的でスピリチュアルすぎて新興宗教っぽいふわふわした印象を受け、恐怖感すら感じたのだ。

なので、学生と話し、学校の内部を外から見ただけで、オープンデーに参加もせずに帰ってしまった。

結局は後になってそのアートセラピーの学校にも通うことになるのだけど。

今考えると、このプロセスは必要だったのかもしれない。

幼児教育を勉強するという名目で、自然いっぱいの人里離れた美しい安全な環境の中で、子ども時代をやり直しさせてもらったような気がするからだ。

ちなみに、このコースは私たちが卒業した後、廃止されてしまった。


2008年、シュタイナー幼児教育の学校で

ティーチャートレーニングコースは、夢のように楽しかった。

2年間のパートタイムコースで、月に一度、金曜夜から日曜の昼まで近くのホストファミリー宅に滞在するというのもちょうどよかった。

ロンドンで働き、月に一度の週末を美しいカントリーサイドで心も身体もリフレッシュできた。

クラスメイトたちは年齢も国籍もバックグラウンドも様々だったけど、子ども好きなだけあってみんないい人たちで、地に足がついていて、とても居心地がよかった。


授業で初めて作った羊毛のヤギとあみぐるみ

にじみ絵や羊毛人形作りに出会い、夢中になった。

リコーダーや合唱も楽しくて仕方なかった。

アートやクラフト、歌、リングタイム、ストーリーテリング、パペットショーなどの実技の授業は夢のような時間だった。

今思うと、自分が子どもになりきって純粋に楽しんでいた。

だが、シュタイナー独特の子どもの発達や教育についての理論や知識については、まるっきり頭に入ってこなかった。

楽しい楽しいと思っている間にコースは終わり、一応幼稚園で教えられる資格を取得して、近所のシュタイナー幼稚園で働いた。




シュタイナー幼稚園の美しさとぬくもりにあふれた部屋、緑いっぱいのお庭、自然の素材を使った家具やおもちゃ、手作りのおやつ、想像力を刺激するストーリーテリングやパペットショー、季節感を大事にした丁寧な手仕事やクラフト、言葉ではなく歌による指導や誘導、伝統的な行事を祝うフェスティバル、などなど、子どものときにこんな幼稚園に行きたかったなあ、と思わせる優しさと善良さにあふれた環境に、いっぺんに魅了された。

(もちろん現実は理想通りにはいかないことも多く、裏事情にも触れ、自分の未熟さを痛感することばかりで、子どものお手本になるようないい先生になれなかったけれど)。

こんなふうにシュタイナー教育の魅力に惹かれてはいたが、その背後にある理論となるとからっきしわかっていなかった。

シュタイナー教育ではこうすることがいいことで、こういうことはするべきではない、という基本的なDos and Don'tsはわかっていたつもりだったが、科学的・霊学的・精神学的な話が出てくると、理解の範囲を超えてしまい、お手上げだった。

それでも働く上では大きな支障はなく、子ども達にそんな話をする必要もなかった(してはいけなかった)ので、なんとかなっていた。


夏のフェスティバル、Whitsun

2年間のシュタイナー教育のトレーニングコースを終えてから10年。

その間、2つのシュタイナー幼稚園で働き、シュタイナーの農業を学んだ社長が立ち上げた有機食品会社に就職し、シュタイナーのアートセラピーの学校を修了すべく、シュタイナー教育を学んだ学校の近くに引っ越してきた。

自分で選んだ道のりとはいえ、なぜこんなにシュタイナー関連のものに縁があるのか、その理由は自分でもわからない。

シュタイナー学校の先生になりたいとか、シュタイナーのアートを極めたいとか、シュタイナーの哲学に共感したとか、そんな確固たる決意も積極的な動機もまったくない。

正直、シュタイナーだから選んだわけではなく、選んだ場所がたまたまシュタイナー関係だったといったほうがいい。

なんとなく心地いい空気、自分を受け入れてくれそうな雰囲気を感じてふらふらと引き寄せられていっただけなのかもしれない。


会社を辞めて、アートセラピーの学校が始まるまでの間、授業予定が確定しないため9月から学校に行くか行かないかが決められず、引っ越しする可能性もあるため今後の計画も立てられず、仕事探しもしてみたもののあまりピンとくるものがなく、特別何かをやりたいという熱意もなく、じゃあ作品を作り貯めようかと思うものの制作意欲もわかず、お天気がいいとじっとしていられずに外をほっつき歩き、雨やどんより曇りの日は気持ちもどんよりして何もする気が起きずネット三昧・・・。

まさに典型的ダメ人間への道をまっしぐらに突き進んでいた。


学校近くのファーム。今もこの風景は変わらない

あるお天気のいい日に、本と敷物を持って歩きに出た。

ただほっつき歩くのにも飽き、少しでもなんかやってる感を出さないと自己嫌悪に陥りそうだったからだ。

人のいない気持ちいい野原に出会うと、敷物を敷いてねっころがり、本を読んだ。

家にいるより気が散らないし、思いの外集中して読み進めることができた。

何よりも、静かで空気もよくて景色も美しくて、ものすごく気持ちいい。そんなふうにして、今まで読もうと思いつつほったらかしにしていた本を持ち歩いた。

そのひとつが、シュタイナーの「Nature Spirits」だった。


シュタイナー教育のトレーニングコースで、Elemental being(妖精)について勉強し、それまで難しすぎたりトンデモすぎてあまり興味の持てなかったシュタイナーの精神科学に、初めて興味を持った。

地の精 (Gnome)、水の精 (Undine)、風の精  (Shylph)、火の精 (Salamander) がそれぞれ地球や植物や動物や人間にとって重要な仕事をしていること、そして人間を導く天使のような存在とは違い、必ずしも善い行いをするわけではなく、時には人間に意地悪したりいたずらしたりもするということから、子どもの頃に読んだ妖精のお話が、俄然真実味を帯びてきたのだ。



トレーニングコースを終えて10年。

再びこの地に戻り、自然に近い場所に身を置くようになって、当時の感覚を思い出した。

今になってようやく、あの頃わからなかったことがなんとなく理解できるようになってきた・・・ような気がする。

いまだにうまくは説明できないけれど、感覚的に、シュタイナーのいうことは真実なのだとわかってきた。

シュタイナーのいうことがわかったというよりも、ようやく学ぶ準備ができてきた、という段階にすぎないのだろう。

道はきっと永遠に続く。