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死にゆく人々の最期の絵

最終更新: 2018年12月13日

あきらめていたヴェールペインティングの4日間のショートコースに空きが出て、

運良く参加できることになった。

長いウェイティングリストができていたというこの人気のコース。

参加者は、だいぶ前から予約していたサマーコースの常連さんが多いようだった。

その中に、5年ほど前に卒業し、今では週1日だけ学校のショップで働いているジェーンもいた。

彼女とランチを一緒して、いろいろ話をした。

もちろんお互い知ってはいたけれど、プライベートな話をするのは初めてだった。


彼女は卒業以来、ダメンシアの入居者の多い老人ケア施設で、

アートカウンセラーとして働いていた。

2013年に学生のときに実習生として入って以来、ずっと勤務しているという。


「長い間働いていると、入居者一人一人の変化を目の当たりにできて、本当に驚いているの」とジェーン。


主にwet on wetペインティングをやっているそうだが、

最初は、何もわからない、何もできないと思われていた老人たちが、

数年後には驚くほど素晴らしい作品を描くようになるという。


そして彼女は、入居者の作品を見ると、


「あ、この方はこの絵を最期に亡くなられたな」


「これはこの方の最期の作品になるな」


とわかるのだという。


彼らの最期の作品は、まるで人生のすべてを描き尽くしたように、

表現できないくらい美しいのだそうだ。


その話を聞いて、私は息を飲んだ。

彼らの作品を見てみたいと思った。


「そんなに素晴らしい作品なら、一堂に集めて展覧会を開いてほしいなあ」


するとジェーンは言った。


「そうでしょ? ラッキーなことに、彼らのペインティングに詩をつけて、出版することができたのよ!」


この施設では、クリエイティブライティングセラピーも行われており、

この時間に創作された入居者自身の詩と、アートセラピーの時間に描かれた絵を、

1冊の本にまとめたのだそうだ。

老後にみんなでこんなふうに創作活動を楽しめるなんて、なんて素晴らしい施設だろう。


だが、ジェーンによると、こんなクリエイティブな環境を創り上げるまでに、相当な時間と努力を要したという。


少し前まで、この施設の職員たちは、入居者向けのアクティビティにそれほど関心を持っておらず、

ギラギラのグリッターや極彩色のプラスチックの絵の具など、子供向けの安物クラフト用品を使った単純なコラージュやお絵かきなどで、お茶を濁していたようだ。

筆などの道具も、安い粗悪品を買っては汚れたまま手入れもせず、使い捨て状態で、無駄遣いにもほどがある、とジェーンは嘆いていたという。

老人たちの創作力にもっと敬意を払い、ちゃんとした道具を使って本当のアートを体験してもらうべきだと説得するも、まともに聞いてもらえない。


それでもジェーンはあきらめず、自分で道具や画材を揃えて、wet on wetペインティングを始めることにした。

安物の化繊の筆の代わりに牛の毛の絵筆を買い、毎回きちんと手入れをしては、誰も勝手に触れないように自分専用の戸棚にしまって鍵をかけ、大切に管理した。


丁寧に紙を濡らし、パレットから色を選び、ゆっくりと筆を運んで色を置く。

まるで生きているかのように、色がふわっと紙に広がる。

次の色を置くと、前の色にゆっくりとにじんで新たな色を生み出していく。

老人たちは、生きた色を見て、目を輝かせた。

赤の上に黄色をのせると、太陽のようなオレンジが現れる。

海の青の上に黄色をのせると、爽やかな草原に変わる。


「すごいわ! まるでマジックだわ!」


生き生きと変化するにじみ絵を見て、初めて色を目にしたように感激し、手をたたいて喜ぶ老人たち。


ジェーンは自分のやり方に確信を持った。

そして、彼女の地道な努力が、職員たちの心を少しずつ変えていったのだ。


毎週毎週、生きた色の美しさを魂で味わいながら、

老人たちは、自分だけの絵を創り上げていく。

そんなふうにして、最後の日々を色に囲まれて過ごすのだ。

そして最期の一枚は、この上もなく独創的で、この世のものとは思えないほど美しいのだろう。

そんな絵をこの世に残していける人々は、きっとそれだけで、とても幸せな人生を歩んだといえるのだろう。



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