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矢を背負う鹿

最終更新: 2019年1月19日

瞑想に興味を持ち始め、いくつかの瞑想会に参加するようになった頃のこと。

強烈な印象を残すイメージが現れた。

背中いっぱいに無数の矢を受けた鹿。

彼は他の鹿たちを率いて、堂々と立っていた。

とても静かで、厳かで、美しい。

私は(瞑想の中で)、刺さった矢があまりに痛々しくて、彼に刺さったすべての矢を抜いてあげた。

途端に鹿は威厳を失い、へなへなと倒れ込んでしまった。

彼の目はとても悲しそうだった。

矢を背負っていた頃より、ずっとずっと傷つき、弱々しかった。

私は、すべての矢を元の位置に刺し直した。

すると、彼は元のように、威厳に満ちた強く賢い鹿の王に戻ったのだった。


私は、彼が王でいるためには、傷が必要なんだと悟った。

今までに受けたすべての傷は、彼のプライドなのだと。

私はその頃、「インナーチャイルド」という言葉を知り、自分の子ども時代を癒そうとしていた。

癒さなければ前に進めないと感じていた。

だが、このイメージを見てから、傷は傷のままでいいんだ、と思った。

傷も含めて今の自分なんだ、傷は私の個性を創ってくれたかけがえのない私自身の一部なんだ、と思った。

傷を抱えたままでも、前に進んでいける。

それどころか、傷も含めてたくさんの経験をしたからこそ、前に進んでいけるんだと。

そして私はその鹿の絵を描いた。



そのとき、私はフリーダ・カーロの「小さな鹿」の絵を知らなかった。

もしかしたら前に見たことはあったかもしれないが、このときはまったく記憶になかった。


フリーダ・カーロ「小さな鹿」1946

ほどなくして「小さな鹿」の絵を見たとき、私は心底驚いた。

私が瞑想中に見たイメージとほぼ同じ!

他の動物ではなく、鹿というところまで。

違うのは、フリーダの鹿は傷ついて痛々しいが、私の鹿は傷を誇りに思っているところだ。

ロンドンを離れる前に、フリーダの鹿を真似て描いてみた。


そして、もうこの矢は私には必要ない、と思った。

私は矢を背負わなくても前に進める。

傷のない綺麗な身体に戻ってもいいのだ。

そして、鹿の身体から矢を取り去った。


彼女は、もう弱々しく崩れ落ちたりはしなかった。

傷跡のない真っ白な身体で、新しい世界に飛び出して行こうとしていた。

刺さっていた矢を抜いて、軽くなった身体で、13年の時を経て、新たな旅を始めようとしていた。