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私自身のアートセラピー①

最終更新: 2019年1月17日

イギリスでアートセラピーの学校に通っていた頃、コースの一環で、個人セッションを規定時間以上受けなければならないという決まりがあった。

実習でクライアントにセラピーを行う前に、セラピスト自身の問題を解決しておかなければならない、クライアントの立場や気持ちを理解する、セッションの進め方を学ぶ、などの理由からだ。


個人セッションを受けるアートセラピストを探していた私に、3年生のキャロラインが薦めてくれたのは、さまざまな手法を組み合わせたインテグレーティブ(統合的)なセラピーやカウンセリングを行っているイザベル。

アートだけでなくムーブメントや歌を取り入れたりもするそうだ。


「イザベルは他のセラピストより料金が高いけど、それだけの価値は絶対あるよ。

私はもう3年近く彼女の個人セラピーを受けていて、通えない時もスカイプセッションを受けてるくらい」


彼女のセッションがいかに素晴らしいかを感動的に語るキャロラインの話に引き込まれ、私もイザベルのセッションを受けることにした。


メールを送るとすぐに返事が来て、希望日やテーマにしたい内容、あなた自身について簡単に教えて、とのこと。

テーマについて、私は「やりたいことがあるにもかかわらず、行動に移せない」「やりたいことを達成するための環境がいつまでたっても整わず、実践的な方法がみつからない」というありがち(?)な悩みに加え、「どこにいてもコミュニティの一員になりきれず、疎外感が抜けない」という思いも書いた。

切羽詰まった悩みがあったわけではなく、コースの規定を満たすのが目的だったので、まあなんでもいいか、という軽い気持ちだった。

だけど今考えてみると、これらの「悩み」は常に私の中にあって、もはやアイデンティティの一部を形成していたといっても過言ではない。

あまりにもお馴染みのブロックたちだった。


2月のある日、私はイザベルの自宅兼セラピールームを訪れた。

サセックスの中でも、裕福でオータナティブな人々が多い美しい村。

その高台に建つ広々とした一軒家に入ると、イザベルが笑顔で出迎えてくれた。

日差しがさんさんと差し込むコンサバトリーから続く、明るくて居心地の良い部屋に通される。


初回は一通り自分の話をして、今後どんなふうにセッションを進めたいかなどを話し合う。

2週間に1回、同じ曜日の同じ時間にセッションを行い、回数や期間を前もって決めないオープンエンディング方式にすることにした。


子どもの頃の話が中心になり、アートワークは自然と子どものときの自分がテーマになった。


「あなた自身を描いてみて。

思い浮かんだもの、記憶、なんでもいいから。

利き手と反対の手で描くのもいいかもね」


私はしばらく目を閉じて、子どもの頃の記憶を辿った。

浮かんできたのは、近所にいた犬のシロ。

奈良の平城京の近くに住んでいた幼稚園の頃。

シロの飼い主は、近所でいちばん大きな家に住む優しいおばちゃん。

子どもたちは皆、「シロのおばちゃん」と呼んでいた。

おばちゃんは、いつもニコニコと静かに微笑んでいた。

手ぬぐいを被り、モンペをはいて、目を細め、金歯を見せて笑っていた。

お正月には、おばちゃんは庭に近所の子どもたちを集めて、もちつき大会を開いてくれた。


家の前にはおばちゃんの畑があった。

私たちは畑をかけ回って遊び、寝転がって流れる雲を見上げ、レンゲやシロツメクサで花輪を作り、飼っていたウサギの餌になるオオバコやクローバーを摘んだ。


おばちゃんは、よく採れたてのイチゴや野菜をおすそ分けしてくれた。

ある日、私が1人で留守番していた時、イチゴを持ってきてくれたおばちゃんに、遠慮して「たくさんあるからいらない」と言ってしまった。

あとで母に「せっかく持ってきてくれたのに、申し訳ないじゃないの」と言われて、

「ああ、おばちゃんに悪いことをしてしまった」と反省したのが、人生で最初の罪悪感の記憶だった…。


アートワーク前のカウンセリングでは、「子ども時代は辛かった」という思いばかり話していたのに、絵を描こうとすると、こんなに穏やかな記憶が蘇ってきたことに驚いた。


とにかく、私はシロを描くことにした。

だが、左手に持ったクレヨンが描き出したのは、シロではなく茶色い犬。

犬は遊びたくてたまらない。

大きな口をあけ、緑の草地の上をうれしそうに飛び跳ねている。

そこにウサギがやってきた。

犬はウサギと遊ぼうと大喜びで追いかける。

ウサギは驚いて怖くて逃げていく。

でも犬はウサギの気持ちなんかおかまいなし。

無邪気に「遊ぼうよ! あ、そうか、追いかけっこだね! 負けないぞ! ヒャッホー! なんて楽しいんだ!」と追いかける…。



初回は会話を中心にしたセッションだったため、絵を描く時間は10分くらいしか取れなかったけど、これだけ描いて十分満足した。


そして、イザベルに絵の状況を説明すると、彼女は言った。


「この犬はきっと本来のあなたね。

無邪気で、誰かと遊びたくて、喜びにあふれてる。

そして、怖がって逃げているウサギも同じくあなたなのね」


イザベルの言葉に大いに驚き、同時に大きな喜びが湧き上がってきた。


私は猫は好きだけど、正直犬はちょっと苦手だった。

相手がどう思おうがおかまいなく、泥だらけでも構わずじゃれついてくる犬に対して、どうしていいかわからないところがあった。

だから「自分を描いて」と言われて犬が出てきたのはとても不思議だったのだ。


でも、私は本当は犬みたいに誰彼構わずじゃれつきたかったのかもしれない。

空気なんか読まずに、全身で喜びを表して、愛情や感情を全開にして、全力で遊びたかったのかもしれない。


そして、そんな自分に怯えて逃げているウサギもまた、私の一部なんだ。

本来の犬みたいな自分を出したらダメなんだと、一生懸命逃げ回っていたのかもしれない。


もっと暗くてドロドロした感情が出てくるのかもしれないと思っていたが、思わぬ結果に心底驚いた。

そして、このシンプルで子どもっぽい絵が、とても愛おしく、誇らしかった。


イザベルは、私にホームワークをくれた。

そのホームワークで、私はまた一つ大きな気づきを得ることになるのだった。